キセキ

 

 

 

慈悲深い女神は弱者に手を伸ばし、罪人を宥め続けたという。

 

 

 

だが、誰も彼女の手を、そっと包んではやれなかった

 

 

 

 

 

「やっと治ったばっかなんだ」

 

そう言って、自慢そうに鋼の腕を振り上げる、年端もいかぬ少年は、はにかんで笑ってみせる。

その笑顔を見て破顔し、その腕を見て口元が僅かに引きつる。生憎、それに気付くほど大人ではない少年は、幸いにも気付かない。

口元を手で覆うことで、それとなく隠した黒髪の青年は、そうか、と言いながら直視しないようその腕を眺めた。

奪われた腕の変わりに、意思のまま動くその鋼の腕に、通うのは血じゃない。神経の伝達信号と、秘められた決意と、覚悟。

無理に負荷をかけると、ただならぬ苦痛を伴うこともあると、だれそれに聞いたこともある。その苦痛すら、自分を戒める一端だと笑って受け止めるその背中がなんと小さいことか、悲しいことか。

自己満足だったのかもしれない。それでも、かわいそうで、どうにかしてやりたくて手を伸ばし、この腕に抱きしめてどれくらい時間が経っただろう。

大の大人でさえ頓挫するほどの運命を背負うその子供に、同情じゃない慕情を抱くようになって、自分の罪を思い重ね、縛り付けるように自分の存在をその魂に植えつけようとしていた。

案の定、肉親以外の愛情を知らない子供は、安価な言葉と態度でもかわいそうなほどに自分に懐いて信じている。

 

それを一笑して、一過の過ちだといえない自分も、まんざらではなくなっている。

 

「またあいつ、腕あがったみたいでさ、前よりも軽いんだ、動かすとき」

そういって腕を元気よく振り回し、どうよ、と得意げに笑う。幼馴染の活躍を、我が事のように喜ぶその態度も、微笑ましいのと、僅かな嫉妬のような落ち着かない気持ちにさせてくれる。

気付くわけもなかろう。こちらはポーカーフェイスの上達している大人であるのだから。

己の感情に真っ直ぐ素直な、この子とは違う。

 

「そうか、だが、また壊さぬようにしろよ。また怒られるぞ?」

エドだけじゃなく、自分の仕事に対する情熱は、少女といっても一目置ける堅気がある。壊さないように、無茶するなという心配からだろうが、それをわかっているからこそ、少年は口ごもって、小さくわかってる、と呟いてそっぽを向いていく。

黙って捲り上げていた裾を戻し、ぶすくれたように頬を膨らませ、所定の位置に我が物顔で座り込む。

その風景を、最後に見たのは本当に久しぶりで、彼が何もせず、そのままなら、記憶が見せる幻かと思えるぐらい、待ち焦がれていた。

 

「今度は、どうするんだ?そう長居はしまい?」

「んー・・・調べもの終ったら旅立つけど、そう期間は決めてねえ」

「相変わらず、気紛れだな」

「ちげえよ、忙しいんだよ」

 

一つでも、一秒でも早く。

 

焦りを見せぬように、そうして希望を具現化したいと望む姿を、止める気はないし、むしろ応援してやりたいのは本望。

だが、こうしてまた戻ってきてくれたなら、少しでも長く傍にいて欲しいと望んでいる。人間なら当たり前の矛盾。

「・・・?どした、大佐?」

資料を開いたり、旅先での記録を拡げている横顔を凝視していたのか、その視線を追って顔を見返してきた。

附せがちだったその目が、揺らぐことなく真っ直ぐこちらに向いてくれるようになって、申し訳ない気持ちが消えて、喜ばしいと思えていた。そんな自分が、情けなくて、滑稽で、おめでたい。

でも、嬉しいものは、仕方ないだろうと、どこかで甘やかしてしまう。

「・・・いや、久しぶりだ、と思ってね」

「・・・あ、あー・・・。そ、だな・・・。二ヶ月?ぐらいだったけ?」

そういわれて、照れた節を見せるのは、同じように彼もそう思ってくれている証。少しも素直に表現しないように努めるのは、性分からか。

すっかりわかっている彼の癖だ。見抜かれていることなどわかっているだろう。

「正確にいえば、二ヶ月と八日。連絡が乏しいのにも文句を言わない私は、酷く寛容になれたと成長を自覚するよ。天下の色男が、すごくないか?」

笑いながらあえて冗談を飛ばすと、鼻で笑ったように一笑すると、少年はおかしそうに肯いていく。

「あー、確かになー。いいじゃねえか、便りがないのは元気な証拠、っていうだろが」

こういった関係上、まめに取るべき連絡をあえてしないこの子は、何か考えているからだろうが、最初は心配でたまらなかった不通も、慣れたもの。こちらから連絡をすればいいじゃないか、どうせ行き先わかってんだろ、という事情を知る輩もいたが、そうすると逆にこちらを心配して旅先で何かと気を揉んでしまう子だとわかっていた。それなのに、いまだに夜中に電話がなれば、不安に駆られていく。

 

「そうだな、お互い性分じゃないからな」

「束縛すんのも、されるのも嫌いだとしってんだろ、あんた」

「私もな」

 

心をこんなにも縛られて、なお、囚われてしまえば、どうなるか。

 

それをわかっている。知っている。だから、一つの逃げ道。

お互いに寄り添うことで、無くしてしまいそうなか細い弱い自分を、保持するように取り付けた約束。

”死ぬとき以外の連絡は、いらない。”と。

それから、旅先であったことや、軍部内であったことをお互い一頻り話して、また、その腕の話題へとまた戻っていた。

本当は戻りたくなかった。彼がその細い肩に背負うものがどれだけ重苦しいのか、改めて実感せざるを得ない。それを気遣わせないためにあえて無理に笑う顔を見れば苦しくなっていくから。

戦っていたときに、急に腕が動かなくなり、あわやというところで、弟の助けもあって助かったが、腕の故障もさながら、生身であるその身体も傷が相当なものだった。口に一言も出さないが、痛む傷はまだ癒えきってなかろう。

「・・・・大事にしねえとな、また怒られる」

「今度壊したら私からも説教だな。長くなるぞ」

「うえっ・・・勘弁」

悪態をつく少年に笑って、書類を掴むと、お茶のおかわりを聞いた。彼はまだいい、と言った後、自分が立ち上がっていることに気付いたようだ。

「れ?今から会議?」

「まあな。報告会というか、愚痴大会というか。待っとくか?」

「・・・・夕方までは待てるけど、そっから先はどうかなー」

「眠くなったら仮眠室を借りるといい。メモでも残してくれ」

そういって金色をした柔らかな頭を子供のように一撫ですると、弾かれたようにその手を払おうと鋼の腕が宙に浮いた。

「が、ガキ扱いすな!」

「ああ、失敬。ちょうどいいサイズだったもんで」

「んな・・・!!」

あえて爆弾のスイッチを押すように、彼の癇癪に触れると、案の定、顔を真っ赤にしていきり立ってきた。そうして感情をくるくると変わる様がおかしくて、それも照れているとしか見れないことにも嬉しい。

「だれがっ・・・・!」

「・・・・・エド」

思わず自分に振りかぶりそうだった、その右手を、そっとゆっくり取っていく。

掴んだとき、想像以上に冷え切っていて、いかつく、重かった。

感覚まで伝わらないはずのエドは、手を取られたことを目で知ると、反射的に肩を揺らしてしまう。

「・・・・な、何・・・・」

重く、僅かに動かすたびにきしきしと軋む金属の音が鳴り、体温とは程遠く冷たい。握る力が今どれだけ強いのかもわからないだろう。

このまま断ち切って、解放してやりたいぐらいに強く握っていても。

「・・・これは君の罪の重さか?」

すでに身体の一部となって、改めてその重みは気付かないだろうが、知っているだろう。どれだけ冷たく、重いのか。

「・・・・」

腕だけじゃなく、その足、左足すらこの金属でできている。冷たく、重く、そして、彼を支えているもの。

この腕が彼の身体から外れる日。全てが報われる瞬間になるだろう。どれだけ痛い思いをしてきたのか、苦しんだのか、冷たかったのか、その時、忘れられるだろう。二度と思い出せなくなるだろう。

でも、これもまた彼の、一部であって、意思の形。

捨ててしまわれるもの。離れてしまえば、二度と目を向けようとするのも、拒んでしまうかもしれない。

握り締めたまま、冷たい鋼の指先をなぞり、そのままそっと包むように握り込む。たじろぐエドではあったが、声も出さず、振り払おうともしなかった。

「この掌で、様々に奇跡を呼んでいるんだな、鋼の錬金術師は」

「・・・・どうだろな。・・・・・ヤメロ、その話」

冷たくて、大きくない掌。生身の手に比べれば不恰好すぎるけれど、守るため、戦うためにこの手は創ってきた。

弟の魂も、人々の助けも希望も、自分の希望を。

「でも、残らないんだな、この手は」

「・・・・取り戻せれば、消えるだろ。いつになるかわかんねえけれど」

「そうしたら、この手を私が引き取っていいだろうか?」

「は?」

「君には無用でも、私は、できるならこの手を引き取りたい。唐突だが、いいかな?」

あまりにも急すぎて、わけのわからないロイの言葉に、エドは面食らって何度も瞬きを繰り返していた。だが、引きつった呆れた笑いを浮かべると、空いている生身の手で鋼の腕をそっとなでていく。

「・・・・なにが、目的だよ。いつになるかも、残るのかもわかんねえぜ?」

「それでもいい。いつでもいい。・・・お願いできるかな?」

欲しい答えをもらえなかったからか、憮然と不機嫌さを露骨にしたエドの顔。でも真っ直ぐに真剣な面差しで見つめるロイ。

「・・・だから、どうして」

いつも真っ直ぐにエドを捉える視線と言葉でも、その心の奥にある気持ちや闇はまだ全てわからない。いや、見せてくれない。

少しでも見せてくれたなら、と望んでも、見せてくれても自分が何ができるのかとなれば、何もない。いつも自分ばかりを助けてくれるこの男を助けるなど。

もしもこの、将来用済みになったこの腕が、その助けになるとでもいうのだろうか。

ロイは薄く微笑んだまま、エドの手を頬に当てると、すぐにまた握り直し、視線をエドの顔からその手に移す。

「・・・君は何も遺そうとしない。今まで戦ってきても、生き抜いていても。それなら、この腕の、欠片でもあれば、証になろう。それを私だけが持っていたい。ただ、それだけだ」

「形見・・・・変わりかよ」

「馬鹿を言うな」

そういうと、ロイは手を離し、軽くエドの額を小突いてやる。思わぬ仕打ちに目を瞑ってしまったエドは、一歩だけ退いてしまった。

「この腕を持つ君も、希望を手にした後の君も、全てが君だったという、証が欲しいだけなんだよ、私は。・・・・じゃあな」

そう微笑むと、颯爽と大股に部屋を横切り、扉から出て行く。残されたエドは、唖然とその背中を見ていたが、唐突にその目が潤んでいくのに気付く。

「ばっかじゃねえの・・・・」

こんな、罪の形を手元に置いていたいなんてどうかしている。

自分よりも、この腕を見たがらないあの男が、何を。

それを言うなら、あの男だって、ロイだって、何も残そうとしてくれない。それなら自分は何を望めばいいのだろう。彼が生きていたという証。写真でもなく、その存在を証明するものを。

うずくまり、そっと左手でなぞった鋼の腕は、彼が握った箇所だけ僅かに温かかった。

まだ、この手を握られているかのように温かくて、軽くて。

 

 

 

 

触れられている温もりがあるからこそ、微笑んでいられる

 

 

キセキがある

 

 

 

 

 

 

言い訳。メガネっ娘、アンジェラ・アキ。ようラジオで流れるときにこの企画をどうしようかと悩んだものです。

奇跡というフレーズから軌跡と輝石と奇蹟をかけているつもりです。

ぜんっぜんできてませんね。また間あいているし、つか、もう、カウンター、今いくつですか藤壺さん?下手すりゃ2006もおわりますよ?

二周年も迎えますよ??いいんすか!?

冒頭の前振りは、関係なかったすね。すんません、また絡んでなくて。

リクエストいただいている身分で見苦しいものですが、どうぞ笑納ください。

ええ、嘲笑ってください。(土下座)

 

ありがとうございました・・・・!!感謝の言葉につきます!!

そして!

ほんと、忘れたころで申し訳ありません。

 

 

 

 

 

 

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