【まほろば】

 

 


この旅に出る前は、何ら変わりなく見送ってくれた。

離れている間も、戻ってきたらどうしようか、そんな話題で長々と話せてた。

だから予定を少し切り上げて戻ってくる足も、浮ついてしまっていた。

そんなにも浮かれさせてくれ、胸の内をざわめかせてくれるのは、その目を真っ直ぐ自分だけに向けてくれる人。こんな子供にまさか本気であろうとは、最初から、随分と長く信じていなかった。

なのに、必死なその態度に、元来身内以外に晒せなかった心内を話せたり、なおかつ、運命をともにしている弟にすら話せないような愚痴や弱音を、黙って受け止めて聞いてくれた。

その場しのぎの優しい言葉じゃなくて、時折厳しくも、そして叱咤されることも多々あった。でも、それでも、優しかった。

泣きたいときを、わかる人だと、思っている。

自分をこの希望が見え隠れする世界へ引っ張り上げてくれたその人は、自分よりも随分と年上であるし、その見目や人格からあまりよろしくない噂しか聞いてはいなかった。

恋愛、だという認識はあるが、実際隣同士で座っていれば、それ以上に、家族でもないような親近感と安心がある。

空気で喋れるような、そんな仲になれたのは、向こうから正式に告白してくる前からだったような気もする。

いわれて確かに驚いたし、困った。だが、今までの曖昧だったお互いの気持ちを、一旦恋愛という形に括って、それが間違いであれば、元に戻ればいいか、という話し合いの果てに、そういった間柄に発展して保持している。

しっくりくるようで、落ち着かない言葉だが、確かにお互いなくてはならない存在だし、背中合わせでこの暗い世の中を見ていて、お互いが見えてない部分を教えあっていく。そういう関係だとも言える。

まあ、浅からず、深い仲にはなっているが。

 

報告書を掴んだまま歩く、季節が変わっていくらか様変わりした中央司令部の中は、聊か閑散とした雰囲気を感じる。季節柄でそう思うのか、それともいつもより人が少ないからだろうか。

この軍事国家であるこの国の、中枢機関であるこの場所に、大勢の人間がたむろしている。こうして歩くだけでも、随分な人とすれ違うというのに、まばらな人影と、時折淋しそうに掃除している中年女性がいるぐらいだ。

綺麗な金色の三つ編みを揺らす少年、エドワードは、そんないつもと違う雰囲気に一抹の不安を抱きながら、この二ヶ月見てなかったその扉を開く。

「こんちわー」

いくら顔も気心も知れた人しかいない部屋だといっても、それなりの配慮は要る。木製のドアを僅かに開き、その顔を覗かせて声を出す。

そして、中にいる人物は今、誰なのかと確かめるように首を動かしてみる。

「あら、エドワード君」

「久しぶりですね」

電話に応対しているファルマンとハボックは、片手を挙げて挨拶に応えてくれた。丁度一つの書類を覗きあっていたリザとフュリーが顔を向けて声をかけてくれた。ブレダの姿はなく、きっと外に出ているのだろうか。

「久しぶり。報告書持ってきたんだけど」

それだけじゃなく、その報告書を受け取る男に会うのが目的だと暗黙の常識はここらの人はわかっていた。エドがそういうと、リザはちょっと疲れた顔を無理に笑みさせていた。

「今、大佐は会議中なの。多分長引くと思うわ。書類は机の上において・・・宿で待っていたらどうかしら。連絡させるわ」

「あ、そうなんだ・・・うーん、わかった。そうしてもらおうかな」

「大変なときに帰ってきたな。大将。今中央じゃゴッタゴタしていてよ」

やっと電話が終ったらしいハボックは、懐から煙草を取り出して笑っていた。やはりその顔は、やつれているように見える。

「最悪、大将にも話がいくかと思うが・・・・ま、大佐から聞いたが早いな」

そういって言葉をとめるハボックに、続く言葉は誰も言わなかった。

ざわり、とエドの背中が冷える。

「・・・・軍事、に関してのことなのか?」

「・・・・・・平たく言えばね」

 

そう呟くリザの言葉の重みに、直感で嫌だ、と思えた。あの酷い内乱のように、またどこかで戦が、起こっているのだ。

「でも、私たちが直接関わることではないようだし、和平解決に向けて今善処している最中なのよ。気に揉むことはないから」

だから、こちらにいる間、ゆっくりしていってね。と、その場のメンバーにそういった言葉をかけられ、色々と聞く前にはもう、それぞれが慌しく仕事に戻ってしまったので、なんだかいづらくなってエドは早々に引き上げた。

 

 

早い戻りに、宿で待っていた弟のアルフォンスが驚いていたが、そういったことがあっているんだと説明した。表立ってそう大きく騒がれていなかったことに、実際は軍部内が水面下で慌しいことなのだとわかった。

「・・・・また、戦争始まるのかな」

「・・・・大丈夫だろ。世間にそう大きく出てないってことは、解決の兆しが見えていることじゃないのか?戦争が始まるってんならまだ、大きく動くはずだ」

「だと、いいね・・・・・」

不安そうな弟の言葉尻に、あえて強く振舞うことで隠していた、不安に駆られていく。あの、物々しい司令部の空気が、未だかつて味わったことのない緊張が走っていたのをひしと感じた。

今までにないその感覚に、そぞろ不安を覚えないなら、よほど鈍感だろう。

日頃笑っているような人たちが、殺気立てて仕事しているのなら、誰だって気付く。

「・・・・・大丈夫だよ」

「・・・・・うん」

直接関わっていない過去の戦ですら、いい思い出がなさすぎる。そしてその戦いに慣れ親しんだ町や人が巻き込まれるのではないかという不安。さらに、弟にいたっては。

「・・・・・・兄さん・・・・」

いまや軍の人間となったエドが、いつ戦いに巻き込まれてしまうのか。

その、夢の彼方奥へと押しやっていたはずの不安が、徐々に形にされていく怖さ。そうなる可能性をひしとその身に感じているエドだって怖くなる。

まさか自分も、と。

大丈夫だと、何度も口にして、お互いそう信じて、ただ、吉報がくる朝を望んでいた。

 

 

 

 

真夜中、眠れずにいたエドは、冷えた風が吹き込む窓に腕を乗せ、ただ夜空を見上げていた。

いやに静まり返る町が怖い。やおら多い星すらも、怖い。

臆病になることはない、そうどんなに言い聞かせても、益々不安が募っていく。

直感が告げるようなものだ。馬鹿らしいと自嘲してもそれでも消せない。

眠いはずなのに眠れない気持ち悪さも重なって、どうしたらいいのかわからないもどかしさ。そして胸奥できゅ、と締まるような寂しさ。

近くにいるのに、会えない。

ただ一人に、会いたくてここにいるはずだ。どうでもいいことを話したいし、何もいわずにその傍にいたい。ただ、そこに居て欲しい。

明日、になれば会える。でも。

その明日が怖くて起きている自分。

 

「俺って、ほんっとガキだよな・・・・」

そうぽつりと呟くと、窓から離れ、ベッドにかけていたズボンと上着を引っ張り、さっさと着込むと、もう片方のベッドに横たわっているアルのその躯体に、ごめんと呟き、そっと出て行った。

眠れる身体ではないアルは、もちろん気付いていた。兄が眠っていないことも、どこにいったのかも。

でもそれが、今の兄に必要なのだ。とも。

 

 

迷わず走った先、行きなれた住宅街を抜けて、軍人関係の住居が並ぶ区間へと走り込む。そして、その身分から不相応だと思える安いアパートのビルを駆け上がり、見慣れた闇を迷わず突き進んでいく。

叩こうとした一つの部屋の扉下から、灯りが漏れているのに安心し、そっと手で扉をたたく。

向こうからくぐもった声が聞こえると、両隣に人がいるか未だ知らないが、時間を考えて声を潜め、俺、と短く呟いた。

すると、すぐに扉が開かれ、シャツとスラックスだけのラフな格好をしたロイが灯りを背にして現れ、気まずそうに笑うエドを見下ろした。

「・・・・よ。悪い、こんな時間に」

「・・・いや、構わんが・・・」

そういって無言で扉が開かれ、中に招かれる。すっかり親しんでしまったこの部屋の間取りも、においも、明かりも、全てが温かく感じてしまう。だが、いつもとは違って少々アルコールの匂いが立ち込めているのに気付いて、さっとテーブルの上を確認してしまう。

「この時間まで飲んでたのか?」

そう深酒を得意とする男ではない。すれば、この男も、自分と同じく眠れていなかったのだろうか。

「・・・・寝酒に、と思ってな。付き合えるか?」

「勘弁。水でいい」

茶色の高そうなウィスキーなど、とても子供のエドが飲めたものじゃない。冗談と本気で伺ってきた男にわざと笑って、自分でコップに水を注ぐと、向かい合いの椅子に腰を下ろす。

ロイもゆっくりと、グラスが置かれた前に座ると、半分まで減っていたグラスを揺らし、舐めるように口に入れていく。酒の匂いは強くなるが、そのグラスを見つめる目は、少しも霞まない。

「・・・戦争、始るのか?」

ほぼ一日中軍議に呼ばれていたのだろう。でなければ、リザやハボックがいつ戻ると伝えてくれたはず。随分遅い時間まで、膠着した話し合いをしていたのだろう。

エドの不安そうな言葉に、切れ長の目は伏せられ、さあ、と言いたげに首を傾げられる。だが、すぐにゆっくりと目を開けて、僅かに唇を歪めて笑っていた。

「・・・・・戦争じゃない、な。抗争が、もう始っている」

地方のレジスタンスが集い、反国家軍として狼煙を上げ、テロ活動をしていると言葉少なく教えてくれた。新聞や情報で入ってきていないと、場違いに憤慨するエドに、これは軍が意図的に水面下として扱っていることも教えられた。

「和解できる相手ではないとわかっていた。それで、軍お得意の殲滅作戦が近々施行される。軍の選りすぐりで編成された、精鋭部隊でな」

殲滅。

それが意味するところ、血が流されること。

一気に体中の血が、身体の知らないどこか遠くに一気に引いていく。

眩暈がする。

「な・・・」

「表だって、向こうの有力者とこちらの偉いどころがぶつかって理想郷について激論も交わされている。多分、今それだけが世間一般にしか知られていないだろうが、頻発しているテロは全て、奴らの仕業だ」

「け、けれど、全て事故だって・・・・」

相次ぐ火災や車両事故、ガス爆発だとかなら、最近よく耳にする。けれど、それら全てが。まさか。

「テロをうまく誤魔化している、こちらの情報操作だ。今民衆がパニックになればそれこそ相手の思うツボだ。うまく煽動して戦争にもつれこみ、国と国をぶつけてしまうつもりだろうが」

そこまで言うと、ロイは手元のグラスの中身を飲み干してしまう。溶け損なった小さい氷が、情けない音を立てる。

「そうなる前に、潰す」

ロイの顔が怖い。確かにこの人は、前の戦いも、今のことも、そして戦いとはなんたるかを知っている。だからこそできるその表情。

冷たい顔。

 

長い沈黙。からからに乾いた喉は、コップの中の水を全て流し込んでも潤わず、緊張に、恐怖にますます乾くだけ。

「・・・・・あんたは、行くのか」

その不安を口にして後悔してしまっても、仕方がない。

いずれ知る事実だろうから。

 

「過去の英雄という、杵柄を持つ男が呼ばれないわけが、あるまい」

 

聞きたくない言葉を、見たかった笑顔で言われても、悲しくなるだけだった。

 

 

 

 

それから、お互い水と酒を注ぎ足して、ゆっくりとグラスを明けていく。

「いつ、いくんだ」

「明後日か。真夜中に集合だと」

「明日は?」

「ここの荷物を全てまとめなければならん。いるものがあれば持っていけ」

「・・・引越しじゃないんだろう?」

「立つ鳥は後を濁さん。・・・狗らしく、散ってこそが大儀だろう」

あくまでも言葉に抑揚がなく答えるロイに、エドが感じる不安も、恐怖も、全てが麻痺していく。これは夢じゃなかろうかと思えるぐらい。

でも、きっともうすぐ朝がきて、それらは現実になるのだ。

そうしたら、ロイは遠くにいく。戻ってこないまま。

そうわかっているのに酷くどこか落ち着いている自分が信じられない。

「・・・・戻るつもりは、ないのか」

口をついた言葉に、一瞬口を止めたロイだったが、すぐにグラスに口をつけ、一間置く。

「・・・・名残を惜しんだら多分、失敗するだろう。ここを引き払えば、戻る場所もなくなるしな」

そうしてぐるりと部屋を見渡し、あえて笑って見せる。その姿が、痛いぐらいに悲しく思わせられて。でも、涙なんて出て気やしない。感情も、動かない。

「・・・・どうしても?」

縋るなんてみっともないことはしたくない。けれど、それでも、変えれるならばと思わずにはいられない。顔も見れない。手元のグラスすら、揺らいで、かすんでよく見えないというのに。

 

次いで聞こえる言葉で、前を、ロイを見れるようにと願っていたのは刹那。二度と会えなくなる顔とわかってて、見つめるほど自分は強くない。

 

グラスが静かにテーブルに置かれ、ウィスキーのビンを掴み上げて、ロイはかすんできた声を震わた。

彼も、また、こちらを見ないように顔を伏せて。

 

 

 

「・・・・・・・すまない」

 

 

 

グラスを握る手に力がこもる。喉はもう、何かに塞がれている。息を吸って吐き出そうと喋れば、情けなくも泣いてしまいそうだった。

 

 

「・・・俺は、どうしたらいい?」

「目的があるだろう」

 

「戻ってこいよ」

「・・・・・・約束は無理だ」

 

「待つ、といえば?」

「君が苦しむだけだ」

 

「それでもいい」

「私が許さん」

 

「俺はロイを許さない」

 

そこまで言って、気付いたら立ち上がっていた。俯くようにグラスを持って座るロイの顔は、やはりこちらに向かない。大きく息を吸って、どうにか嗚咽と涙を飲み込む。震えている体が情けない。ここに居るのは怖すぎる。けれど、ここから飛び出すのはもっと怖い。

 

「・・・・勝手だな、あんた」

 

動けなかった。本当にこれで最後になるのか。もう二度と、こうしていられなくなるのか。

その傍に居られないのか。

 

つ、と目の横を冷たい感触が伝っていく。静かに、諦めるように。

 

「・・・・わかった」

 

わからない、何も見えない、理解できない。なのに、もやもやとした何かが頭の片隅にはまり込むように、何かがわかっていたのだ。

声にできないその呟きにその意味を込めた。

 

すると、エドの身体から力が抜けて、またソファーに座り込んでいく。背もたれに身体を預けて、視界の端で、黙ってグラスを持っている男の、そのうなだれる様が見える。

弱る姿は幾度も見た。なのに、こんな姿を見たくはなかった。

 

何も言えず、流れたはずの涙も乾き、そのまま力なくソファーに横たわると、ロイに背中を向けるようにして目を瞑る。だが、そのすぐ後に、ロイはゆっくりと立ち上がると、エドが寝ているソファーに片足を乗せ、背もたれに腕を乗せてその横顔を伺っていく。

それも、酷く怯えたように、恐々と距離を詰めるように。

 

「・・・戻ってくる気になれるのか?」

 

気配を察したエドは、動かないロイの替わりに、顔を隠すような格好からゆっくりと背中をソファーにつけるようにして、仰向けになって目を開ける。

やっと真っ向から顔を見合うお互いに、言葉はなく、ロイは困ったように笑って、ゆっくりエドに覆いかぶさっていく。

小さな身体を抱きしめ、エドの肩ごしに顔を埋めたまま、ただ抱きしめる腕に力を込めていくロイ。その頭を、虚ろに見ながら、背中に腕を回し、あやすようにロイの黒髪に指を差し入れていくエド。

 

無言のまま、ただエドの鼓動を聞いているロイ。その髪をゆっくりと指で梳き、力なく、抱きとめる。

こうしているのが当たり前だと、本当にこの前まで思っていた。

 

 

 

「・・・・もう、あんたは戻ってこないなら・・・・」

 

たとえ生きていても、きっとこの人は戻らない。

 

 

自分を、選ぼうとしない。

 

お互い、一度離れたら駄目だとわかっている。ずっとこの思いを抱えたまま生きるほど、強くはないと知っている。わかっている。

 

 

 

「振り返らずに、・・・・行ってくれ」

 

 

 

霞むエドの声に、ロイはその身を起こしてエドの顔を覗き込んで、やっと堪えていたものが、目を潤ませ、溢れていく。

 

たのむよ、と唇だけで呟き、笑うエドの顔。

強く抱きしめ、声にできない謝罪の言葉を繰り返す。

 

そうして朝が来て、何も言えぬままにエドは戻り、ロイは荷物をまとめ、誰に見送られることもなく、戦地へと赴いていった。

 

そして、終戦を迎えたある日。戦地にて消息を閉ざしたロイが、最後の宿泊地に残したメモを、部下が持って戻ったという。

 

”・・・・一つでも、君にしてあげることがあればよかった。”

 

ただそれだけだったが、ロイの筆跡に間違いないと、中央の部下たちが断言し、その意味を汲んで、嘆いた。

 

 

だが、エドは決して、そのメモを、見ることはなかった。

 

振り返るな。それが、お互い交わした最初で最後の約束。

 

忘れることで、想いを遂げていくために。

 

 

 

 

 

 

言い訳。長いこと沈黙してすんません。

響様より賜った素敵すぎるロイエドソング!!!悲恋もの!?出兵!?

大好物です!!!!と、勢いにのったはいいですが。

 

 

気合で!!フィーリングで!!!!(無理やりな)

お教えいただいた曲、すんごい切なくて、いい曲です・・・。どなたかわたしにほんまもんのイメージSSを・・・・。(涙)

響様、リクありがとうございました!そして心から申しわけありませんでした。

修行、たりませんでした・・・・。長いし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送