予測できないゲームほど、のめり込むものはないと思う。

 

 

 

 

【デーゲーム】

 

 

 

 

 

 昼下がりの太陽は、こうも眠気を引き寄せて、睡眠を邪魔してくれるものだったか。地上から遥か、おそらく三十メートルほど上の、鉄筋コンクリートの床の上で、無防備に仰向けになっていれば、それは照り返しも手伝って、安眠など約束できるものはない。

 かといって、自分がここに到達するためにくぐってきた入り口らしいコンクリートのお社の影は、聊か、寒い。しかし、そういったわがままを言える身分ではない。何しろ、しかるべき場所に居て、しかるべき話を頂戴しなくてはならないのに、一人、ドロップアウトしてきているのだ。しまった、鞄を持ってくればよかった。すれば今頃のったりと帰路につき、慣れ親しんでいる愛する自室で惰眠を貪れたはずだ。別に鞄に大事といわれている教科書を毎日詰め込むわけじゃない。強いていうなら、今日の朝級友から借りた新作のコミックが入っているから惜しい。もう一時間したら、最近顔を拝んでいない数学の教師の憮然とした顔でも拝顔して、帰ろう。

 二つ開けていた白い学生シャツのボタンをもう一つ外して、長い金の髪を結っているゴムを外して再度コンクリートの床に頭をくっつける。進学校としては申し分ない学校なのだが、ここの教師たちは血気盛んで、青春を謳歌している生徒らを過信しているらしく、この屋上に続く階段のところに、『立ち入り禁止』と書いた紙を頼りなく貼るだけでも、ここの生徒は誰も入らない。そう、想っているらしい。

 だが、先生どもがノーマークであるここは、格好の非行の場所でもあり、サボリ先のオアシスだ。

 季節は限られてしまうが、風も強くて冷たい冬の終わりごろから、秋の風景を楽しめる時期までお世話になる。そして、埃っぽい風がやむことなく吹き付ける初春の候、このごろが一番気持ちいいようだ。去年は残念ながら夏から冬しかこれなかったが、来年と再来年までは、この時期特にお世話になるだろう。

 下手をしたら、外面はよろしい先輩たちが、二十歳以上推奨されている緩慢な自殺の助け、煙草を手にしてたむろっているところをご一緒してしまう。最初はかなり脅されてはいたが、別に本を読んだり、寝たりと静かにしていれば、変わった一年坊主、と評されて放っておかれた。しかし、あるところでは有名人だったらしくて、自分の名前がバレたときは、冷やかされたものだ。

 入学時の成績が、開校以来の高成績だった、とか。

 そんなのは中学生だった自分に言って欲しい。今は授業も受けずにだらだらとマイペースに学生業を楽しんでいる。

 バイトでも始めるべきか、とは思うが、いかんせん、いい条件のバイトは見つからない。しかも、この学校は学業に専念することをモットーとしているために、バイトするにも許可書がいるらしい。

 家庭の事情だとか、さも勉強にプラスになるようなお仕事なら許可されるらしい。が。

 早くに両親を亡くし、弟を親戚に預けた身分、さらに一応キープしている成績から反対されることはない状況。しかし、それで貰った奨励金だら手当てだらの問題でできそうにもない。大人しく学校という檻の中で息を潜めていなければならないらしい。

 それが嫌で時折こうして飛び出してしまう。大して仲がいいわけでも悪いわけでもない級友たちから、羨望と皮肉な目で言われるが、わかりきっている勉学の内容をじっと聞かされる苦痛もどうかと思う。

 それに、こんな天気がいい日は、あんな薄暗い教室で机と向き合っているのも勿体ない。

 

 はあ、と大きく溜息をついて、目を閉じたときに、ぎい、と扉が開いた音がした。誰か来たんだな、とは気付いたけれど、別に自分のこの、半径十五センチぐらいの小さい境界線を踏みにじってしまわなければ別に気にしない。だからそのまま無理やり眠りに身を落そうとしていた。

 足音は、風に消されたり、響いたりしながら近づいてきて、一メートルぐらいのところで止まった。

「優等生、何してる?」

 低い声に失笑が沸く。この時間、ここにいれば一目瞭然だというのに。

「・・・・・・生徒会長と同じですよ」

「それは失敬」

 あまり謝る口調ではなかったが、そう言い放ったその人は、自分のすぐそばに座り込んだようだ。去年の暮れ前だったか。ほぼ満場一致の勢いで彼が生徒会長に推薦され、当選した。眉目秀麗で成績も優秀、素行も態度も“問題ない”生徒らしくて。自分が入学してくるまでは、神童という伝説は彼だけのものだった。それをあっさりと奪っては飄々としている自分に、興味本位で話しかけてきたのがきっかけだった。時々こうして、屋上でソクラテスやらゲーテやらの思想に己の至らなさを考えているんじゃないのか、と揶揄しては会いにくる。その所為で彼も立派にサボり常習犯の汚名がつけられているが、大して気にしてもいないらしい。

「君のようにヘビーじゃないからね」

 週に一度、はこうしてくる。会わなかったときは何も考えないでいられるが、こうして会っただけでわちゃくちゃと色々考えさせられる。

「・・・マスタング先輩、いいんすか?こんなとこいて」

「何、少し頭が痛いといってきた。ここが医務室らしいな、どうも」

 クスクスとわらう声まで低い。一体全体、何がおもしろくてこんなとこにきているのだろう。はあ、と溜息をまたついて起き上がり、うざったい髪を手で押さえて遠くのグラウンドを見つめた。

 乾ききったグラウンドでは、ゴマ粒のような生徒たちが、歓声を上げて野球に勤しんでいる。帽子をかぶっていないのを、ジャイアンツ、色とりどりの頭のまま珠を追うチームをタイガースと名づけてみた。

 遠くからではゲームがどうなっているのかわからないが。

「野球観戦?」

「・・・・・かもな」

 のれんに腕を押しているように、この男はするりと自分をかわしてしまう。ずっと前だけを見ていたが、視線だけ横にずらすと、同じ制服とは思えないぐらい、長身の彼には、大人びた印象をくれる。

 切れ長の黒い目と、さらりとした髪。手足もいい感じに筋肉がついていて、長い。まだまだ成長途上の自分には無いものばっかもっている。

「そういえば、また先生方が嘆いていたぞ。試験だけが授業ではなかろう。いい加減授業に出たらどうだ?」

「あ、そ。出てるってば。どの授業も週に一回しか休んでないし」

「それが毎週続けば結構な数だ。それでも好成績を残す君には何も言えないのが実情だからね。彼らの気持ちも少しは汲んでやれ。神童エドワード君」

「ハイハイ」

「ハイは一回」

 面白くもない問答。三度目の溜息はおもっ苦しく吐き出してやる。それでも横の奴が何を考えているのかわからない。説教というわけでもなかろうし、趣味やら何やらの話に華を咲かせたいわけでもない。

 ぎこちなく過ごす時間が嫌だ。

 それよりも、さっきから、この声を聞いたときから感じる、苛苛にも似たもどかしさ。

 妬けたコンクリートがこの身をじりじりと焦がすなら、それは自分の胸の内から焦がしていくようだ。

 何でもないように、興味がないように座って前を見ている男。過ぎる予想にまさかね、と笑いが出ても、髪が風で乱れないよう無駄な抵抗で押さえながら、ふっと横を向いてやる。

「なあ、先輩?」

 俺、頭いいからさ、わかんだよ。あんたが思うこと。

・・・なんか嫌だけどさ。

 

「あんた、ヤりたいの?また」

 

 キイン、と好い音が響き、真っ白なボールはもっと小さく遠くに飛ばされたようだった。

 

 そして、打撃音が余韻もなく消え去った頃には、男は笑って自分を抱き寄せ、無理やり口付けてきた。

 それが嫌だとは思っても、すぐに右手を固めて殴り飛ばしたいわけでもなく、ああ、やっぱり、と逆に力がすとんと落ちるようだった。

 なんだか、久しぶりな感触に、開けたままの目はすぐに閉じて、されるがままに体を投げ出した。

「・・・・お誘いかい?」

「違うって。どうせアンタがここに来る目的っての、そんなもんだろと思ったし。雨降ってないから別にいいよ」

 前回迫られたときは確か、雨が降ってきた、とだけで断ったものだ。シャワー代わりになるぞ、とそれでも迫られて呆れて教室に戻ってしまったやりとりが過ぎる。

 屋上で過ごすようになってから、不良ドモが大人しくなった頃だったか、こうして男が通いだして、つまらない問答を繰り返した果て。

 平凡で変化がない毎日を変えるなら、なんだってしてみないか?

 そんなことをいわれて、ああ、まあ。とか否定でも肯定でもなく曖昧に答えたときから始まった。

 初めてのキスも奪われたし、童貞もある意味奪われたし、何より無理に女役を強いられた性行為に午後全ての授業をフイにした苦い思いもある。なんだってこんなことするんだ、と問いただせば、興味があったから、とか適当にあしらわれた。

 それから、ほぼ週一回はこの屋上で彼に抱かれるという、ある意味定番のことが起きてしまっていた。最初は痛くてつらくて、何も変わらないと気付いていたが、回数をこなすたび、時間が経つたびに何か気付くんじゃないか、と考えるようになって、相変わらず拒みもせず、かといって誘うこともなく、流されてきた。

 きっと彼の彼女となる不幸な女は、こうやって流されてしまうのだろうな、とか同情すら沸く。

 自分の、成長すら著しく、さわり心地も最悪だろうな身体に、必死な勢いで圧し掛かる彼の気持ちはどんなのか、と色々考えてもみたが、わからない。でも、聞こうとも思わない。

 まあ、いずれ答えは出るだろうと再度近づく彼の目を見ながら思っている。

 

 中学、高校入学当時まで、浮いた噂は数多いと言われていたこの、ロイ・マスタング生徒会長。それが本当だったとわが身を以てして実感したのはやはり遺憾に思える。与えられるキスは手馴れたものだったし、何も知らない自分に、望まぬ性欲を高められてしまう。横並びに座っていたままの自分を抱きこみ、触れるだけのキスを数度落とされると、唇を吸い、すぐにだらしなく受け止めるだけだった唇を割って舌を差し入れてきた。

 肩に力が知らず入れば、そっと大きな手が肩を撫で、竦んだままの舌を弄ぶ。吸い上げられるような音が響く中、彼の舌が自分の咥内でいいように動くたびに、腹の底がじわりと熱くなっていくのを感じる。

 傍から見れば、映画のように、愛し合う恋人たちが交わすキスのようだ。誰も来ないはずなのに、どこか人の気配がしないだろうか、と気にもなる。段々とロイがこちらに圧し掛かるようになって、いや、自分の身体から力が抜けて彼の重みを座ったままでは受け止めきれなくなってきた。正面を向いたほうがいいかな、とは思うが、身体を動かすのも億劫だ。

 自分からこの哀れな行為を肯定してしまった、と多分、次の数学の授業中はずっと溜息ばっかだろう。

 しかし、慣れとは恐ろしいもので、彼がキスをする時、必ず左に首をかしげる癖を知ってしまっているから、自分も左に首をかしげて、あまり離れないようにと顎を上げてしまっている。この方が後々首の筋が痛まないとわかった証。

 身体をよじる姿勢が辛くなってきて、ロイのシャツを、左脇腹あたりを力なく握る。痒くなるような咥内への刺激に苦しくて、充分口の端までお互いの唾液で濡らされた。まともに呼吸だってしたい。

 苦しそうな顔にわざとしてみると、見ているらしくて尚、彼はその身を自分に押し付け、片腕が背中に回るともう自分の身体の重心が全て彼の腕に預けてしまう。

「・・・っ、ふ、ちょ・・・」

 執拗な舌の動きに翻弄されまいとするが、やっぱりどうしたって無理だが、恥ずかしさとか粉々に砕かれてもまだ存在しているプライドが制止しようと身体を動かす。

 口付けられている隙間から、舌を捕られながらも変に高くなっている声を上げれば、鮮やかに自分は床に組み附される。顔を押さえられてまた深くまで口づけられれば、この手が意味を持たずにロイの背中に回り、シャツを掴んでいく。自分を跨ぐような姿勢から、自分の投げ出したままの足を無理に開いて、身体を埋められていく。

 やっと口を離され、ぱっと飛び込んだ酸素に喘ぎ、口元を拭おうと手を上げれば彼の髪の感触に触れた。胸あたりに感じる重量感と生暖かさに、身体が強張る。

 見事半径十五センチを飛び越られてしまった。

 うっすらと目を開ければ、広がる青空と染みのような白い雲の下のほう、自分の視界の五割は彼の黒い髪で占められる。器用にシャツのボタンを全部あっというまに外して、アンダーに着ていたTシャツまで捲りあげられていた。強引すぎるんじゃないかってぐらい、引っ張られたが。

「・・・床、痛いって・・・・」

「すぐ気持ちよくなるだろ?」

 ただでさえ寝転がるだけでも背中はコンクリートと擦れて痛いのに、なおかつ抑えつけられて体が意思とは関係なく動かされる。せめてもう一枚布か何かあればまだマシだといえば、わざわざ布団かベッドでも用意しておけなんて大胆だな、と笑われる。冷たい掌が、ひたりと脇腹から、微妙に肌に触れている力加減で一気に胸まで這い上がる。その感覚とも、手の冷たさにも身体が震えて、また目を閉じてしまう。捲り上げられたシャツをさらに上にのし上げながら、無い胸を弄り、刺激に固くなっていた突起に指で虐められる。

 びり、とそこから電流みたいな、痺れが腹の奥に段々たまっていく。唇を目一杯噛み締めて首筋に舌を這わせているロイの肩を掴む。

 顔を真っ赤にして、ただ黙って強情な態度を見せるエドに、毎度ながら躍起になる自分が不思議だとロイは思う。シャツを手で掴んで押さえつけ、露わになった胸に舌を這わすと喉の奥をひゅ、と鳴らして身体を震わす。初めてのときは、強がってはいたが、ずっと身体を震わせていたのを思い出す。何をされるかなんてわかっていたくせに、拒むどころか、それから嫌がる素振りも、誰かに言いふらすこともなく。持ちかけたのは自分だったけれど、それに曖昧なまま乗じる彼のその本音とはいかなものか、とずっと知りたくて続けてはいる。男に興味があったわけでもないし、かといって女に狂うほどでもない。ましてや人間自体にも興味はなかった。だが、その佇まいだとか、可愛い顔して冷め切ったような表情をしているエドを、どうにかして暴きたくなったのだ。

 まあ、今はどうでもいいが。

 両胸の突起を指と舌で嬲れば、やっと口から小さくとも擦れた声が漏れてくる。微妙な力加減で刺激を与えれば、エドの脚が震えて、延ばした状態から膝が上がって自分の脇腹に触れる。顔を見られたくないのか、背中に回した手に力が入って、無理な姿勢をとって顔をロイの肩に押し付ける。シャツ越しに溜まって吐き出される熱い吐息に、気持ちいいのだろうとわかると、留守にしているもう片手をエドの細い腰に当てて、じっとり這いながら下に降ろす。もう手馴れた彼のベルトを緩めだすと、何か言いたそうに顔を僅かに離したが、荒く息をつきながらじっと耐えていた。

 そして、コンクリートの床にベルトの金具が音を立てて落とされると、それを合図にしたようにロイの手は勢いをつけていく。

「え、先、パ・・・!待っ・・・!」

 ボタンが引きちぎれそうなぐらい強くズボンを引き摺り下ろされ、器用にも下着ごとずり降ろされてしまう。その勢いに驚いて叫ぶが、すぐに口付けられて言葉を封じられる。もがけど背中を叩こうと止まらず、今まで見てきたロイではない気迫に抑えていた恐怖が高まっていく。

「や・・・っ、ん、ぁ・・・・!」

 片足だけズボンも下着も抜かれただけで、すぐにエド自身に指を絡めていく。僅かな反応を示していたそれは、ロイの指が動きやすいようにと意図的ではない湿り気を帯びていた。さっきまでのキスや愛撫で充分感じていたことがバレた、とさっと血の気が引いて顔が熱くなる。回数を結構こなしていただろうか。最初に比べれば何とも思えなかった愛撫すら、言葉にし難い身体の疼きを呼んで、若干気持ちいい、と思えるのは。

 計算外だ。

「ん、んんっ・・・く、ぁ・・・」

 声を堪えようにも、追い立てられる指の動きではうまく身体に力が入らない。ぐちゅぐちゅと淫猥な音が荒くなって、自分に覆いかぶさっているロイの視線が、自分の顔や身体に向けられていると思えば尚熱が背中から顔に、頭に集まって振るえる右腕を顔に乗せるのが精一杯、自分と何かを遮断する抵抗だと思える。

 あっさりと限界をそこに見せられて悔しいような、でも諦めてしまわねばと葛藤する中、爆ぜる寸前でロイの指が動きを止めた。

 危うくそれで吐き出してしまいそうだったのを堪えて、ロイの動きを待つ。何か言いたいけれど、翻弄されて荒くなった呼吸の中、うまくいえそうにもない。僅かに身じろぎするのも辛い中、ロイは思ってもいなかった行動に出たのだった。

 太陽を遮断してくれた男の影がすっと下がると、震えている両脚の膝裏を掴み、もっと脚を拡げさせられる。

「え・・・うそっ・・・!」

 まさか、と思った時には、太腿の内側にロイの髪が触れる感触、あらぬところにかかる吐息。逃げようにもがっちりと抱え込まれて動けない。

「や、やだ!」

 半身を上げてどけようとするも、彼はビクともせずに爆ぜる寸前だったエド自身を口に咥えてしまう。生温かい粘膜に包まれる感触と、ねとりと絡む舌に、手淫では得られなかった快感に腰が浮く。

「―――――っ!」

 キスだけで充分舌の厭らしさはわかっている。それがまさかと思う場所でいいように披露されても、エドには刺激が強すぎる。びりびりと走る強い快感に言葉もでず、ロイの口の中だけは絶対に出せないと必死で我慢していた。限界を堪えるあまりに身体が痙攣し、固く閉ざしている目尻が濡れだす。そんなエドを追い立てるようにロイの舌は根元から先端まで舐め上げたり、指で扱きながら吸い上げたりとしていく。早く出してしまえばいいのに、と思いながらも必死で堪えようとするエドの様を楽しんでいた。

「ひ、ぁ・・・や・・・やっ・・・」

 咥内で甚振っているエド自身も、びくりと脈打ちながら震え、すぐにでも爆ぜそうだ。そこを堪えるあたり意固地な彼らしい。もう何度と自分の前で醜態を曝しているというのに。

 そして、ロイの舌がもう一度根元から先端へと巡り、先の割れ目を舌で弄ると、大きくエドの身体が跳ねた。

「んあっ・・・ひっ、ああああぁっ・・・!」

 悲鳴のような声をあげて、ロイにしがみつくようにして爆ぜていく。勢いよく二度にわけて吐き出されるエドの精を、口に溜めることなく飲下していく。ぶるぶると身体を震わせて、息もままならずに顔を隠すエドを見ながら、口元を拭って顔を上げる。わざと喉を音を立てて飲み下せば、うそだろ、と口だけが言葉を象った。

「気持ちよかっただろ?たまにはサービスしてやらないとな」

 そう揶揄してエドの腕を無理にはぐと、彼の目は充分潤んで、顔を赤くしていた。でも、開かれた目は相変わらず強気なまま。

「し、んじらんね・・・・!あん、た、なに・・・・」

 強すぎる快感はまだ引かないらしい。まだ何か言いたそうなエドの顔を覗き込んで、それが?、と言うように笑うと、押し黙ってしまう。そして、彼の震えている口に指を宛てると、眉間に皺を作るが、仕方ない、といった顔でその指を咥える。まだ身体が余韻で震えているし、息苦しそうだが、それでもそこそこ必死でロイの指を濡らしていく。適当に咥えていただけだった最初から、舌まで使って濡らすほど上達した様。指から痺れるようなもどかしさを感じながらも、黙って続けるエドを見つめる。

 上気した顔で自分の指を咥え、汗で張り付いた髪がなんとも色気をかもし出す。まだ幼い顔つきでこんな卑猥なことをさせているのもいいかもしれない。いや、いつもはすかした顔をしているエドが、無意識にもこんなに熱に浮いた顔になっているのがまたいい。

 そうこう考えているうち、黙っていたエドの目がこちらを見上げた。もう、充分だろ?といいたそうだった。

「・・・ああ、いいよ」

 そう言うと口から力が抜けて指をゆっくり引き抜き、また彼の身体を組み敷く。ロイの姿勢が落ち着くまでは、エドは目を開けて成り行きを見ていたが、濡れた指を蕾に宛がえばまたぎゅ、と目を閉じていく。かすかにエドの脚が震えていることを、見て見ぬ振りをして濡れた指を蕾に突き立てる。

「・・・・っん」

 柔らかい肉を硬く締め付ける抵抗の力を抑え込むように、ぐぐっと押し込めれば、指の先がずぶりと独特の感触を持ってエドの中に押し入っていく。熱い中に深く差し入れていくと、胸を震わせていたエドの顔が徐々に何かを耐えているような顔に変わる。

 動かすこともできないぐらいに締め付ける狭い内側を、無理に指を動かせば、内から伝わるその感覚に腰を浮かせていく。日頃は中傷やら冷やかしにも耐えれる図太い神経の持ち主のくせに、内側からちょっと指を抉るように動かすだけで、顔を真っ赤にして、噛み締めている唇の隙間から絶え絶えに熱い息を漏らし、それに擦れた声を乗せてくる。無駄に知識を提供してくれる俗世の話では、前立腺を直に刺激されて、男も女も関係なく気持ちよくなるという。目の前で必死になって声を堪えようとするこの子供は、気持ち悪いとずっと言う。が。きっとそれは嘘なのだろう。締められている蕾の入り口を拡げるように指を動かせば、日頃聞かない高い声を濡らして、熟れたように発していく。力を入れて奥まで差し込めば、一瞬甲高い声を上げると、じっと細かな振動を震えて受け入れる。

 何でこんなことを、と聞かれたら二人して、なんとなく、という答えをするだろう。実験をずっとしているような気分だ。

 いくつか試してみて、その中で角度をつけて指を差し入れた箇所に当たる、一点。ここがエドは弱いらしく、何度も擦ったり引っかいたりとしていれば、やめろ、と泣きそうな声でとめようとする。

 痛いのか、と思って止めようとしたら、彼の細い足の間で、今にも爆ぜそうなぐらい起立したモノが見えた。蹂躙されて感じているのか、とも解釈できたが、動きを止めた瞬間、ほんの少し残念そうな顔をされて理解できた。

 キモチイイと思えることなのだ、と。

 短い時もあるが、大抵は彼が本気で泣くまでずっとそこだとか、その周辺だとかを嬲り続ける。段々と快感を覚えてきたその身体を、いいように操れる気分になれて、じっと彼の表情だとか、些細な身体の反応だとかを見てこちらも楽しめた。

 口にしたら変態、と確定されるだろうから、しないが。

 お決まりのようにその辺りをぐちぐちと弄って、びくびくと震えるエドの脚を僅かずつ広げていく。指を咥え込んでいるその蕾が段々とひくついているようにも感じ、指をさらに増やしてもかすかに抵抗を感じただけで、すぐに内側へと誘った。

「ひ、あ・・・・!」

 増やされた指の圧迫と、それぞれがばらついて動く刺激には、到底声も理性も我慢などできるわけがない。自分の腹の下、自身のすぐ裏側の内を、いいように抉られ、擦られては、その刺激は直で自身の先端まで快感を走らせる。ぎゅう、と高められていく限界に、理性と意識がほんの僅かしか残されていなくなる。そんな追い詰められる自分を見下ろして、楽しんでいるのだろうと目の前の男を想定すれば、冷めるどころか、上等だ、というように乱れてしまう。

 いつも身の回りに見せている自分の壁というか、顔が、いとも簡単に引き剥がされてしまう。いや、初対面からそうだったような。

 つかみ所のない男、と第一印象から思っていたように、飄々とするくせに真面目で、どこか冷めていて、でも社交辞令のような笑顔が気に入っていて。でも嫌いだ。

 似ている気がする、と思えている。嫌いな自分に。

「っ・・・あ・・・・やあ・・・・」

脚を震わせても腰を押し付けるように浮かし、尚刺激を求めているようにも見える。それに躍起になって傷をつくったことも幾度もある。こんなに必死になって力を考え、そして優しく、ともいえるような力で弄る。半分腕で隠された顔をじっと見れば、じわりと閉ざされた目が濡れている。もっと泣かせることが出来るだろうか、と指を動かしながら、首や鎖骨、骨ばって熱くなっている胸に舌を這わしていく。すれば、堪えるような声が吐息と共に漏れ、徐々に早まってはロイの中で膨らんでいく熱をさらに膨張させる。

つまらない、リピートされる日常がどうでもいいぐらい、楽しいと感じてしまう。指を激しく動かしていけば、今にも爆ぜてしまいそうなのに、それが紙一重で届かない、そんな苦しそうな喘ぎを漏らして自分のシャツを握り、縋る。

エドの胸に上半身を預け、指の動きを緩めながら、わざと大きく音を立てるように自分のズボンの前を緩める。いや、焦っているからどうしても性急な動きになっている、ともいえようか。

がっついている発情期のオス、と自分が見えるだろう。

それでも手は止めずに、しっかりと勃ちあがって脈をちゃんと打つ自身をつかみ出し、指がまだ収まっているエドのその蕾に宛てた。ゆっくりと指を引き摺りだし、その熱がひたりとあたると、ふっとエドの目が薄く開く。

己の身がどうなるか、どうされるのかを見たくないけれど見ようとするかのようだった。

 

やがて、引き抜いた手でエドの腰を抱きこみ、ロイ自身の先端が蕾を押し開く瞬間、ふっとエドが息を吐き出していく。細い腰に、狭い蕾を己の身体で確認したら、もう粉々になって砕けそうだ、と毎度思っても、それでも気丈に立ち上がる。そして、指じゃなく、もっと違う何かを、と身体が、目が欲している。自然と呼吸を合わせるように腰を突き動かせば、白い喉がひくついて、泣く手前のような声を震わせる。けれど、まだ成長途上のエドの身体で、ロイ自身をくわえ込むにはまだまだ開発が足りないらしく、半分ほどでいつも止まってしまう。動こうと身体を揺らすだけで、いいところを刺激してしまうらしく、エドはいい声で啼いた。だが、いつまでもそうしていられるほど大人ではないし、我慢を知らない。無理にエドを抱き起こし、床に尻を完全につけた自分の前にとその身体を置く。すると、背中から床が離れたことと、一気に自重でロイ自身を根元まで咥え込んだことに、背中をしならせていく。

「ん、あ・・・!っは・・・・!」

 しっかりとエドの内に自身を収めてしまうと、痺れているように震えている肉の感触、そして熱い熱にロイ自身も責められていく。

 もっと深くへ、もっと奥へ、とにかく何もかもを、ぶちまけてやりたい。

 震える金色の頭を肩に宛てて、腰を掴んで突き上げていく。打ちつけられる熱と、貫かれていく衝動。内側から脳天まで占領される刺激。ただただ、どうにもできない、理解しようにできない何かを現そうと足掻くように意味もない声が溢れるだけ。限界はすぐそこなのに、波のように近づいては遠退いて、与えられる刺激の先を望む。

 もっと、どうしてほしいのかわからないけれど、もっと、と。

 片手でロイのシャツを握り、ぐしゃぐしゃにしながら自分の身体の内でいいように動くロイの熱を追った。がむしゃらに打ちつけられる中、耳元で時折吐かれるロイの息が耳に当たって背筋を震わせる。じわりじわりと解放の時が近寄ってくる刹那、ロイが急に身体を離し、エドの身体を反転させてしまう。ふつりと止んだ衝動にはっと我を一瞬取り戻したが、四つんばいの格好をさせられて羞恥にかられて声が荒ぐ。

「なっ・・・!お、い!待っ・・・・――――っ!」

 制止も抵抗の声も許される間もなく、その格好のまま不躾に貫かれる。開けたままの口はそのままで固まって、息すら吐き出せない。これまでのどの刺激よりも、痛いぐらいの快感。未知だったその衝動に、エドの身体がどう反応していいのかわからず、ただ震えてしまう。

 無理にコンクリートについている両膝が、エドと圧し掛かっているロイの二人分の重さと、無理に突き上げる動きで擦れて皮膚が擦れていく痛みが走る。だが、それすら気にしないほど、内側を犯していくロイの熱に浮かされつつあった。

 深くまで押し込まれる熱は、エド自身を直接嬲るように突き上げ、お互い向かうあうよりもずっと楽に挿し抜きできるらしく、ロイの動きは激しくなる。今までも荒々しく突き上げられてきたが、何もかも壊されそうなぐらい腰をつきたてられて逃げ出したかった。

 それを、ロイの両手が許さずに、どうしようもできずに。

「んあっ・・・・はっ、っ・・・ぁ・・・も・・・やだ・・・・!」

 ぽたりぽたりとエド自身からは今にも爆ぜそうだ、と雫が漏れていく。床に押し付けた腕に額を乗せて、ちかちかと遠退きだした意識をどうにかしたくもなる。自分ではどうしようもない、この爆発しそうな熱をどうにかしたい。なのに、ロイはもう、何も聞き入れていないかのように行為に没頭していた。絡み付いてくるエドの内が、意思とは無関係でロイを締め付けたり、奥まで誘うように緩んだりと繰り返す。激しく突き上げて、エドが啼き声を上げれば、上げるほどに。

 明るいはずの光が暗く点滅している錯覚を感じだすには時間はいらなかった。がくがくとエドの身体が震え、腕を噛んで耐えていた声が、床に吸い込まれていく。

 ひゅう、と意識を吸い込まれて、一気に熱くなる。音を立てて何かがはじけた。自分の身体の内側から吹き出ていく熱。二度目の絶頂を迎えるときは、爆ぜる快楽と、何もかも吹き飛ばされそうな尚強い快感がエドの身体を蝕んだ。

 力なくし、震える体は、ロイ自身を包んでいた肉を思いっきりすぼめ、最奥まで突き上げていたその熱を、爆ぜさせる。くたりと床に伏せそうだったエドの身体を抱きこんで、背中に額を当てたまま、その細く小さな身体の中で脈を打ちつつ、全てを注ぎこむ。

 

 忘れていた呼吸を、そのときやっと思い出して。

 

 

 エドがだるそうに目を開けたときは、遠くの野球ゲームはいよいよ最終回にとなっていた。多分、もうすぐ終業を告げるチャイムも鳴るだろう。ブレザーの上着を、まだ剥かれたままの身体に申しわけなくかけてあるだけで、身体を起こしてすぐそこにある自分の衣服を目で確認すると、はあ、と溜息をついた。

「・・・・あーあ・・・・」

 そのまま起き上がろうともせずに、顔を隠していれば、不自然な距離を置いて座っているロイも溜息をつく。

「・・・・そろそろ起きろ。風邪ひくぞ」

 そういうロイの格好は、エドに上着を渡しているし、まだ乱れたままだ。いらん汗をかいて暑かったらしい。

「・・・そうしたいんですけどねえ・・・・どっかの誰かさんが無理してくれましてねー・・・・」

 いまだかつてないぐらい、腰が重い。そして痛い。腰が抜けてしまったような気がする。情けない。

「・・・しっかもあんた・・・中出しとかあり得ねー・・・この後の授業もサボれってか?」

 処理が一層困難なコトをされては気分的にも外聞的にも問題だ。授業中気になって一人挙動不審になるのもいやだし、ひょんなことでバレたりしたらもっとやばい。

「妊娠したらおもしろいがな。大丈夫だろ」

「笑えねえな・・・くそ、他人事たと・・・・ってえ・・・・」

 くだらない冗談に本気で笑えなくて身体を無理に起こすと、激痛が走る。腰をさすりながらまたしおれていくエドの様子を見て、ロイが声を立てて笑う。

「・・・っせえ!だ、誰のせいだ、誰の!」

「すまんすまん。でも、気持ちよかっただろ?」

「・・・・・・ハイハイ」

「ハイは一回だろ」

 さらりと突っ込まれる言葉は涼しげだ。さっきまで、あんなに必死になっていた奴と同じなのだろうか。いや、それにうざったそうに流す自分にも言える。あちこちが痛みながらも、ぼんやりとさっきまでの行為を思い出して、顔が熱くなる。そして、はあ、と溜息。

 また、流された、か・・・。

 減るもんじゃない、とはわかっていても確実に何かを削りとられている。それでも必死で拒むことなく、かといって乗り気でもない。

 戯れ。ちょっとお盛んで、好奇心にまみれた学生の、過ち。

 静かに始まったのだから、終るときもきっとあっさりしているのだろう。揺らぐ視界は遠いグラウンドに向ける。土埃が舞う中、同じ世代の少年たちがぎゃあぎゃあと騒いで楽しそうだ。ゲームはわからないが、誰かに聞けばゲームの行方を教えてくれるだろう。授業中に暇をもてあます輩はごまんといる。多分。

「なあ、先輩?」

 沈黙を風に任せるのに厭きた。

「あのゲーム、どっちが勝ってんのかな」

「・・・さあな、どっちもどっちだろ」

 囃し立てて、最高潮に盛り上がる中、ピッチャーがゆっくりと構えていく。向かう打者も同じように。それぞれが真剣なのだろう。

 ラスト一球、か。

 ボールが投げられて、バットが空を切るのか、鮮やかに打撃音を奏でるのか。それで些細な地獄か天国か決まる。身体のだるさと痛みを慣らすように身体を休ませる中、ちらりと横目でロイを見る。

 涼しげな横顔は、今何を思って前を見ているのだろう。きっとその目に映る中の自分は、どう見えるのだろうか。こんなことをするぐらいだから嫌いではなかろうが、彼ならなんとも思っていなくてこんなことを続けそうだ。何もわからないし、何も知らない。彼についての情報はだれそれの噂からでしか知らないし、それを問いただすこともない。

 彼自身というより、他人に興味が湧かないのが現実。しかし、身体を無理に重ねてきて、徐々にそれは変化しつつあった。

「なあ、先輩、どっちが勝ってるか賭ける?帽子ないのがタイガースで、帽子かぶってんのがジャイアンツ」

「・・・暇だな、オマエ」

「他に何がある?んで、負けたらジュースをおごるってのは」

「安いな、しかも」

「貧乏学生に何を望んでんだよ」

 膝を立てて、前かがみに身体を折るエドの顔は、久しぶりに笑っている。じっとゲームの行方を見守っていた。

 その顔を少し長めに見据えて、そして前を見た。

「じゃあ、タイガースに賭けるよ」

「そうこなくっちゃ」

 他愛もない暇つぶしに、ふっとお互いそれぞれが笑う。そして、タイガースとやらのピッチャーがボールを勢い良くジャイアンツの最後の打者にと投げた。

 

 真っ直ぐに走る白い珠。二呼吸して打者のバットが振りかぶった。

 

 ざわめいていたチームメイトが一瞬、静まったあとに。

 

 

 空とグラウンドに響く爽快音。

 

 

 遠く小さくなるボールを全員が見送って、怒涛のようなジャイアンツの歓声。そして落胆しつつも笑うタイガース。悠々とベースを踏んで、ホームに帰ってきた打者を、全員が囲んでもてはやしているのだろう。拍手まで沸き起こっている。

 にっと笑ってロイを見ると、仕方ない、と彼は溜息ながら笑っていた。自分の肩越しに見ている彼の顔が、最初よりも柔らかくなってるなあ、と感じた。

「約束な。俺カフェオレでいい」

「お前は牛乳がいいんじゃないか?」

「・・・余計なお世話だっつの」

 そして、やっと身体が動くのか、短く掛け声を発して身体を動かし、放り投げられていた自分の制服を掴むと、さっさと着こんでいく。そしてまだ風に吹かれては乱れる長い髪を、どうにか手で押さえつけながらゴムを探す。すると、ロイの腕が伸びてきた。

「これだろ?」

「あ、ああ・・・さんきゅ」

 そして握られていたゴムを受け取るときに、ふと感じた手の感触。じわりとさっきまでの戯れを思い起こさせてしまう。

 変だな、ほんと。

 そして鳴り響くチャイムの音。一斉にこちらに引き上げてくる面々を見ながら、ロイも背伸びをして、立ち上がろうと脚を立てる。

「サボリは終了だな、優等生」

「あんたもな、生徒会長」

「無記名投票した君からそういわれると何だか悪寒がするね」

「バレてた?」

 自分とこんなことして涼しく笑う男が、この学校の顔となるのが釈然としなくて、投票用紙は真っ白で提出した。しかし、自分ひとりが抗ってみたところで、この学校全体の意見を変えることはできなかった。

「君なら素直に私の名前を書くわけがない、と思ったからね」

「わかってんならいいじゃん。ジュース忘れんなよ」

 呆れた顔で睨まれ、鮮やかに髪を纏めていく。櫛を使わなくても綺麗に整う髪を何故か目で追う。

 

 駆け引きは見えないところで繰り広げていた。

 いつか彼がこちらになびいてくれるなら、と面白半分で仕掛けたゲームだったはずだ。

 それが、まさかこんなことになるとは。

 何らかの変化を望んでいたゲームは、いつのまにか自分を変えてくれていた。憮然としているエドの顔を見ているのが楽しくて仕方がない。そして、立ち上がり、去ろうとするエドを呼び止める。

「完敗、だな」

「は?」

 

 何のことだ、といいたそうなエドを引き寄せる。そして、不自然に近づいていくロイの顔をうろたえながら見上げている。

 

「ゲームセット。勝者の景品代わりだ」

 

 そして顔を掴むと、今までで一番巧くできた、と思えるキスをくれてやる。はっと腕の中で息を呑んで固まったエドを抱きしめて、キスだけじゃなく、心も差し出してやるよ、と思う。

 

 慌てて離れたエドは、真っ赤な顔をして何か叫びそうな顔だったがすぐに走り出してしまった。小さな背中を見送って、おかしくておかしくて笑い出してしまう。これから違う形でゲームが始まるだろうが、楽しませてくれるだろう。負けて堪るか、なんて久しぶりに思える。

 

「手加減はないからな、エド」

 

 聞こえるはずもない、見事心を奪った少年に投げかけてゆっくりと日常に戻っていく。

 

 

 

 走りながら教室に向かうつもりが、渡り廊下の先、使われていない特別教室が並ぶ廊下で脚を止めた。

 なんだったんだ、今の。 

 いつもの顔じゃなくて、すっごい優しい顔で、しかもキスも優しくて。温かくて。

 あんなことまでやってのけた以上に恥ずかしくて、胸がかき乱される。整理しきれない頭の中を、必死で落ち着かせようと一人静寂な空間にと座り込む。

 

 ゲームセット・・・って、何だよ。

 

 何かのゲームを彼は自分としているつもりだったのだろう。それに負けた、とはどういうことなのだ。でも、あの態度からしたら、まさか。・・・・そうなの、だろうか・・・・。

 

「・・・・あーあ・・・・面倒くせ」

 

 これから彼がいかな行動をするのか、どうするのか考えただけでも先が思いやられる。何かと予測がついてうんざりはしたが、顔は笑ってしまう。

 

「・・・・負けたのはこっちだっつの。アホ」

 

 どこからともなく響く笑い声。コンクリートに囲まれるこの狭い世界の中、同じようにうそ臭い笑顔で居場所を求めているあいつ。

 今頃はだるそうに教室に戻っているのだろう。

 

 窓越しに見上げた先が、ロイの教室。まだ休み時間は5分残っている。充分だ。

 

 

 そうしてエドは廊下を走って急いだ。どう手を打とうか思い悩んでいるであろう策士に、先手を打つため。

 

このゲームは引き分けだと告げてやるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送